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おむにぼん。本/映画//感想

「われわれはみな平等であり自由である」ということ

ポイント:前文の内容を指すthisは、前文がand やor でつながる複文である場合、theseになる。

 日本語って、「~と」や「~や」で、 す~ぐ複数のものがさも同列に扱えるかのように書きたがるところがあるけれど(この文が好例)、 その雑なくくり方が議論を大味にする。よくあるじゃん○○とか××とか………(この文が以下略

 「われわれはみな平等であり自由である」ということは、「われわれはみな平等である」こと、かつ「われわれはみな自由である」、この2つからなるのだ。

忘れそうになるけど大事だと思う。

しまらない

「どこまでが疑問詞節なのか」

 whoやwhatなどの疑問詞は、疑問文として「だれが~か?」「何が~か?」などの5W1Hの疑問文をつくるだけでなく、平叙文の語順で5W1Hの内容を表す名詞節をつくります。
 文中で疑問文の名詞節が出てきた場合、問題になるのは「疑問詞から、文のどこまでが疑問詞節なのか」です。
 結論からいえば、疑問詞節は、
「疑問詞」+「動詞」+「その動詞が必要とするすべての要素」ー「その疑問詞が問う内容」
の以上がすべて揃ったところで終わります。
「動詞が必要とするすべての要素」とは、主語はもちろん、動詞が他動詞である場合は目的語や、必要な前置詞です。

疑問詞 疑問詞の意味 =疑問詞節の中には○○がなく、 ということは「ないもの以外のもの」は全てある はずだから、左欄のものが揃ったら節はおしまい!
who 誰が =主語がなく、 動詞(+目的語)(+副詞)がすべてある。 例)Who Killed Cock Robin 誰がこまどり殺したの
whom 誰を =動詞の目的語になる「人」がなく、 主語+動詞(+副詞)がすべてある。 例)with whom you will be married 君が誰と結婚するのか ※疑問詞節の最後に来るはずの前置詞は、疑問詞の前に置くことが出来る。
which 「どの名詞が」※直後に名詞が来る =動詞の目的語になる「モノ」がなく、 名詞+主語+動詞((+副詞) 例)which ways you will choose 君がどの道を選ぶか
what ①何が =動詞の主語になる「モノ」がなく、 動詞(+目的語)(+補語)(+副詞)がすべてある。 例)What will happen in the future can be understood by only the God. 将来何が起こるかは神にしかわからない。
what ②何を =動詞の目的語になる「モノ」がなく、 主語+動詞(+目的語②)(+副詞)がすべてある。 例)What we do is not just determined by our will. 私たちが何をするかは、純粋に私たちの意志によって決められるのではない。
how 「どのように」 =文を修飾する副詞がなく、 主語+動詞(+目的語)などの完全文の要素がすべてある。 例)how we act and how we do it are not determined by our will. 私たちがどのように振る舞うか、そして私たちがどのようにそれをするかは、純粋に私たちの意志によって決められるのではない。※上の文章との違いに気をつけてください。

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目次


スタート時点での成績


f:id:omnibon:20170210141153p:plain:w300 さんざんだ……

5日後

f:id:omnibon:20170215204641p:plain:w300
『ゴーンガール』を観た後でわりと真剣に手が震えているときにやりました
えっ、結構早くなってないですかね……?
※冷静に見るとミスタイプ回数は変化なし(かなしい)

「破滅の匂い」フェチにはたまらない(けど自分はつらかったっす……)/ 『カポーティ』 (2005)

感想)主役の怪演! 破滅感がすごい

つらい。

観ているのがつらい映画だ。 ちょっと前に話題になった「共感性羞恥」があると思う人にとっては、耐えがたい映画だと思う。

実在事件を基にした小説『冷血』を書いたトルーマン・カポーティの伝記的映画。 取材過程で、トルーマンは得意の弁舌で収監中の犯人に取り入りながら、一方で、編集者や同僚の作家には「彼らは金の生る木だ」とへいきで二枚舌をつかう。

これは観ている側からするとめちゃくちゃつらい。
なぜなら、よくよく考えなくてもそんなコウモリみたいな真似がうまくいくわけないからだ。 吃音ぎみの小男が、一見すると誠心誠意相手を気遣うことばを発して見せる。死刑てまえの犯人に「どうか自殺なんて考えないでくれ」と。しかしそう時間もたたないうちに、カポーティは「死刑執行されないと小説のラストが書けない」とこぼすのである。

嘘しかない。 上機嫌で、無邪気に発される嘘しかない。あまりに単純で、それゆえになんて破滅のみえていることだろうか! こわい! カポーティめっちゃこわい。彼がウキウキで飛ばすジョークと(正直カポーティジョークは上手いのか分からないぞ!)、 周囲の引き気味な「なんやこいつ…」的温度差が異常に伝わってくる。

この「破滅の匂い」が全編に色濃く流れていて、この雰囲気が好きな人にはたまらんだろうが、そうでない人にとっては拷問のようだ。もうやめとこうよ。うまくいくはずないよ。

この責め苦を、カポーティはその純粋さゆえに最後までうけきってしまうのだが。

そしてラストで初めて、真実が、あまりに凡庸な顛末が重たく残る。

そこには「異常者」のカポーティはいない。

(凡庸な、あまりに凡庸な!)

(正確には、結末よりも早く、カポーティが獄中の青年に(カポーティにとっての)真実を語るシーンがある。多分いわゆる「サイコパスって母親にめっちゃ執着してそう」イメージって三歳児神話の変奏だと思うからあまり持ち上げたくはないけど、(彼にとっての真実として、)それはとても示唆的だ。)

★毎日映画週間 No.1★

監督 ベネット・ミラー Bennett Miller(マネーボールの監督!)
主演 フィリップ・シーモア・ホフマン Philip Seymour Hoffman

設定でなく日常を撮る/『最強のふたり』(2011)

感想

中盤のダンスシーンが本当によい。(こう書くと黒人性神話っぽいけど、)自然と体を揺らしてしまう音楽は、あって、そのリズムは伝染していくのだけど、頸椎損傷のフィリップには音楽にのまれることができない。誰もかれもリズムをとるなかで、かれはほんの少し頭を揺らしてみたり、笑ったりすることしかできない。疎外がそこにある。

下手をするとお泣かせなシーンになってしまいそうだが、しかしフィリップにとって、体が動かないことは日常だ。だから画面自体に感傷は(まったく)ない。なのにカット割りというか踊る人物を映すそのしかたが、なぜだか「この視界はフィリップの視界なのだ」と確信させる(カンチガイじゃないと思ってる)。悲しみはどこにもない。誕生日パーティ。アースウィンド&ファイア。体を揺らす老若男女。なのに確かに、かれらとフィリップの間には明らかな障壁があるのだ。スクリーンとその前の観客のような……。

フィリップにとっては目に映るもの(そして耳(笑))がかれのすべてだ。ぼくはいま彼のすべてになっている。

本当に泣きそうになってしまった。

★毎日映画週間 No.2★

公開 2011年 監督 エリック・トレダノ